遠い昔、とある小さな国での出来事。
阿蘇山上から三方へ放たれた矢のうちの一本が小さな国に落ちてきたそうです。その矢が落ちた場所へ火の神と水の神が向かうことになります。
小さな国の主は、二神に対してこう述べます。
国小なりといえども、青山四方を巡りて、住みよしの国なり
国は小さいですが、周りを豊かな自然に囲まれた住みやすい国です。
この言葉の中の「国小なり」から現在の熊本県は小国町の名が生まれたそうです。
時は経ち、1911年(明治44年)3月15日に後に「グレーの画家」と呼ばれる坂本善三がこの小さな国・小国町で生まれます。
彼は38歳になった1949年(昭和24年)頃、阿蘇の山々を見ながら、このようなことを考えます。
ある日ふとうしろをふりむくと後にも同じように雲も山も野原もあって続いている。知識ではそうであり当然なことであろうが自分の目でみたのであり、小さなことではあったがこれは等価値であると思った。
この小さな気付きから小国の風土や自然に根ざした坂本善三独自の抽象画が生み出されていきます。
1985年(昭和60年)になると小国町のいたるところで見られる小国杉を活用した地域デザインを始めとした「悠木の里づくり」構想がスタート。1990年には環境問題も視野に入れた「悠木の地球宣言」が小国町から発表されます。
小国町は、人間の住む星 ───地球の中ではごくごく小さな地域にしか過ぎません。しかし、私たちは、この小国に限りない愛着と誇りを持っています。小国はその名の通り、小さいながらも一つの「国」と言えるかもしれません。そのような心がまえで、独自の国づくりを進めたいと思います。
幸い、地球は丸いので、この小国を地球の中心と考えても、それほどさしつかえないはずです。私たちの地球づくりは、この小国という小さな地球の中心から出発します。
そして、たえず未来を見つめて、悠々と、しかし着実に「悠木の里づくり」に向けて、一歩一歩進んでいきたいと思います。「シンポジウム悠木の地球宣言」より
2023年の3月、私は久方ぶりに小国町を訪れました。
小国町には小国シネホールという小さな映画館があり、自身監督作品の上映での舞台挨拶のためでした。上映後、私は館主の北村さんの案内で小国町を巡り、最後に坂本善三美術館に立ち寄りました。
凛と佇む古民家と杉林、小さく可愛らしい庭、入口に飾られた「形」というタイトルの絵画、裏山から聞こえる虫の声、道端の草をゆらす風、車内での映画の話、湯けむりとコーヒーの香り、三月の白い息。
空港へと向かう帰り際、車窓を流れる風景を眺めていると、私の頭の中にある言葉が浮かびました。
小さな国
この言葉が頭から離れなくなった私は、その後、毎月のように小国町へ向かい今回のプロジェクトの構想を練り始めました。
一つ目は、小さな国の生態系と物語の継承を行う『国際小国学』の立ち上げ。
今を生きる人、そして未来の子どもたちに向けた「心の糧」を創造するプロジェクトです。
二つ目は、小国町を舞台にした学問と藝術の祭典、『小さな国 十月』の開催。
『国際小国学』を始めとする様々なローカルな知恵・知識が持ち寄られ、感性と交わる場所と季節。グローバルな文脈のなかでのローカルな実践にとどまらない、新しい学藝的体験を目指したいと思っています。
私がこの土地で感じ取ったのは、かつて誰かが未来のために残したものであり、私はその未来へ振り返ったにすぎません。
私自身が出会った物語には、まだまだ続きがありますが、今日のところはここまでにしておきましょう。大きな物語を語るには、小さな物語から始めることが大切です。
続きは、小さな国の十月に。
小さな国 Small Land Project
総合ディレクター
遠山昇司
遠山昇司|Toyama Shoji 1984年、熊本県八代市生まれ。映画監督・アートディレクター。早稲田大学大学院国際情報通信研究科修士課程修了。
2012年、熊本・天草を舞台にした初の劇映画『NOT LONG, AT NIGHT −夜はながくない−』が第25回東京国際映画祭〈日本映画・ある視点部門〉に正式出品され高い評価を得る。2作目以降も熊本を舞台に「喪失と再生」の物語を描き続けており、海外映画祭にて映画賞を多数受賞。熊本豪雨を受けて制作された6年ぶりの新作⻑編映画『あの子の夢を水に流して』は、第28回コルカタ国際映画祭など5カ国5つの映画祭に正式出品され、最優秀監督賞を受賞。2013年6月にスタートしたアートプロジェクト『赤崎水曜日郵便局』では、局⻑・ディレ クターを務め、熊本県津奈木町にある海に浮かぶ旧赤崎小学校を再利用したプロジェクトは全国で話題となる(2014年度グッドデザイン賞を受賞)。精力的に映画制作を行いつつ、アートプロジェクトや舞台作品などの演出を手がけながら現在に至る。2018年から国内で開催される国際展では有数の規模を誇る『さいたま国際芸術祭2020』を統括するディレクターに就任。2025年には自身初となる美術館での大規模個展が予定されている。
「小さな国からのお便り」では、総合ディレクターによるエピソードを始め、「小さな国」の様々な物語と風景、お知らせや最新情報をお届けします。
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